Saturday, February 06, 2010

Job cancellation.


学生生活最後の冬、自分の銀行口座に100万円を振込が。
そう書かれた紙切れにサインして、就職の内定取消を承諾。

100万円ポッキリで、大学を自主留年して就職活動に再挑戦。
それで新しい前途が容易に開けてくるとは思えないが、この冬も学生に対する風当たりは厳しいようだ。

言論プラットフォーム「アゴラ」で、岡田克敏氏が述べているように、「進学率が高くなると、一部の難関校を除き、大卒の価値が下がるのは仕方のないこと」である。少なくとも、(どのような基準で判断するべきかは定かではないものの)高等教育機関としての機能を疑われるような大学が濫立している状況では、「大学生」という肩書だけをもつ者の存在は確かである。

内定取消など就職関係の問題について、学生側の視点で対応策を考えるならば、およそ次のようになる。それは、大学での学びや生活、その他各種活動の経験から得たものについて、就職活動でまっとうな評価を得られるようにするためには、学術的・人格的な資本の高度蓄積と、当該資本の活用・向上や新規資本の獲得・利活用に関する潜在能力を有することについて、それを伝えるシグナルを強化することである。

「大学には専門知識を勉強して人的資本を蓄積する機能と、受験勉強に勝ち抜いたという潜在能力を示すシグナリングの機能がある」とは、池田信夫氏の言であるが、彼はさらに続けて、「偏差値の低い大学の扱いは専門学校以下で、大学を卒業してから(大学院ではなく)専門学校へ行く学生が増えている。講義の内容も専門学校化し、特定の資格を取るための学科が増えている」と指摘が鋭い。

この点、私の実感では、専門学校以下の扱いを受けかねないのは、池田氏が指摘するような大学(と、その所属学生)に限らない。

先日、近所の店で食事をしていたところ、4人の女子学生が隣席で会話の声を弾ませていたが、「大学名というブランドを使うだけ使って、どこからでもいいから内定がほしい」という異口同音の言葉に、私はすっかり閉口してしまった。
ちなみに、彼女らが通う大学は私の出身校であり、世間からは私大の頂点と評価されている大学でもある。

大学教員になってからは当然のこと、大学院に在籍していた頃から、私は学部生の就職相談・指導を数多く経験してきたが、少なくとも、私大の頂点であり、文科系では偏差値が最も高い学部の学生であっても、大学3年の夏から1年近くも就職活動に真剣に取り組んで、ようやく内定を1社得られるかどうかが平均的な学生層である。

もちろん、人的資本もシグナルも備えた彼・彼女らであるから、複数社から次々と内定を得る学生も当然にいるが、そういう学生は明らかに少数派であって、大学名というブランドで就職活動を無難に乗り切れている人を見たことがない。

きのうのポストにも関連するが、「やるべきことさえ果たしていないにもかかわらず、誰かが助けてくれて良い思いをしようなどという甘ったれた考え」で学生生活を過ごすと、就職活動のシーズンを迎えてからあたふたしても、その結末はすでにほとんど見えているというのが現実である。実際、内定をいくつも得る学生と、ようやく1社得られるかどうかの学生との間には、マニュアル化できない暗黙知のような形で、他者の客観的評価に晒された際の差異が明確に認められるのである。

「やればできる」、「頑張れば結果はついてくる」などの表現は、他者に対する励ましの言葉としては成立するが、自己が直面する課題に関しては、必ずしも成立しないというのが冷厳たる事実。現実に即した表現に再構成するならば、「やればできる(だろうが、良い結果を得られなかったらその事実を受け止めるしかない)」であり、「頑張れば結果はついてくる(かもしれないが、頑張るのは当たり前で、他者と差別化できるだけの努力と工夫を重ねなければならない」ということになる。
結果の違いは、行動の違いも然ることながら、意識の違いに起因する。

ところで、学生側だけの問題にとどまらず、大学という組織や教員個人のあり方も自省されるべきである。それは、私も決して否定するものではない。

しかし、教員個人としてすべきこと/できることを考えたとき、自らの専攻分野に関する教育を充実させることや、学生の意識を高めるように接することは当然であるが、それ以外の事柄については、学生の進路(就職活動など)に直接・間接に貢献できるものは少ないと思う。
大学は高校までとは異なり、「昼間は皆で同じ授業、夕方はそれぞれのクラブ活動」という紋切り型の生活ではなく、学習・自己啓発の内容や取り組みかたは千差万別であり、学生一人ひとりの習熟度や人格形成に細かな目配りをすることは不可能である。
かりに、社会一般や学生の家庭が、教員個人に対してそのような貢献を強く期待しているのだとすれば、それは過剰な期待であり、誤った責任の要求だろう。

Friday, February 05, 2010

Result: Second-term Exam (2).


2月2日(火)締切の学部レポート課題について、採点結果と講評を掲載します。

-成績評語の分布-
S-A: 21.4%
B: 14.3%
C: 21.4%
D: 0%
E: 42.9%(うち、83.3%は未提出)
* なお、欠席回数超過による失格処分者は母数に含まれない。

-講評-
はじめに、課題は次のとおりでした。

  若年労働者が昨今直面している具体的な労働問題を1 つ
  取り上げ、その労働問題を取り巻く法制度と運用の実態を
  詳しく説明し、当該問題を解決するために必要と考える
  法制度のあり方について、自らの見解を論述しなさい。
  (3,500~4,000字)

また、レポートの評価にあたっては、課題用紙に記載した「作成要項と注意事項」の1.&2.を基準としました。すなわち・・・

  1. テーマについて、(1)各自が十分な調査を実施すること、
    (2)当該調査の結果を論理的に整理・記載すること、
    (3)調査結果をふまえて自らの見解を論述すること。
    講義内容、講義配布資料、ノートのみに依拠したレポート、
    他の履修者のレポートと酷似するものは採点対象外。

  2. インターネットによる情報収集、オンライン百科事典・辞書
    (Wikipedia 等)、情報解説サービスなどの利用は禁止。
    専門用語の定義、テーマに関する一般的説明・見解などに
    ついて、インターネット上の情報の参照・引用と疑わしい
    記述が発見された場合は採点対象外。

・・・に注意して査読・評価をしました。

ところで、単位取得者が履修者全体の57.1%という、とんでもない結果に終わったことに非常に驚いています。その原因の83.3%がレポートの未提出にあり、提出期限の6週間前に指示した課題について、これほどまでに多くの人が対応しない(できない)ということに失望しました。率直に言えば、学生としての基本的資質を著しく欠くものと言わざるを得ません。大学が開講する講義科目の1つに過ぎないとはいえ、自らの学修態度を真摯に再考すべきでしょう。

あるレポートのなかで、「若年雇用問題は現在深刻化しているが、これだけ騒いでいるので政府が対策をしてくれるだろう。私事だがそれを期待し就職活動に臨んでいる」という表現がありました。このような他力本願かつ受身の姿勢で物事を考えて、大学生活や就職活動に取り組もうとしているのであれば、およそ、皆さんの希望に沿うような将来はありません。

十分な準備期間を与えられた課題に取り組まないなど、やるべきことさえ果たしていないにもかかわらず、誰かが助けてくれて良い思いをしようなどという甘ったれた考えをお持ちならば、それははさっさと棄て去るべきです。自分自身の姿をよく見つめ直すことを、この際強く求めたいと思います。

以下、それぞれの評語に基づく講評になります。

<評語S・Aを付けたレポート>
皆さんが取り上げた若年労働者の具体的な労働問題について、適切なアプローチを採用して調査・検討していたほか、参照・引用を明示して調査資料に言及しており、評価基準を十分に充足するものでした。また、検討対象とした労働問題の関係法令も適宜紹介されており、法学に関するレポートとして適切な体裁・内容であったと思います。

なお、論述上の表現や接続詞の使い方に不適切なものが散見されたことにつき、若干の減点を行いました。また、レポートが掲げた課題とは関係性の低い事柄に言及した部分についても、評価をやや下げる要素として取り扱いました。

<評語Bを付けたレポート>
論旨が明確であり、論述もほぼ適切に行われていたのですが、調査・検討に用いられたアプローチが適切さをやや欠くものであったり、調査結果からは必ずしも導き出されない評価・記述が散見されました。特に、作成者の見解を記述した部分では、十分な分析をせずに単なる感想ともとれる私見を書いていたり、印象論に過ぎない内容ばかりを盛り込んでいたため、S・Aの場合に比べて大幅に減点することとしました。

しかしながら、参照・引用を明示して調査資料に言及しており、レポートの形式面では合格点を与えてよいと判断し、Bという評語を付けています。

<評語Cを付けたレポート>
レポート作成で用いた調査資料の参照・引用を明示しておらず、課題に対する論述も感想・印象に基づくものに終始しており、高い評価を付けるべきレポートではありませんでした。特に、参照・引用資料を明示せず、かつ、それらの資料に依らなければ出てこないはずの表現・専門用語を多用しており、レポートの基本的条件の充足が疑わしいものもありました。誤字・脱字が多いことも特徴です。

また、関連法令以外の参照・引用資料が不明であり、作成者の見解も本人の独断、または、調査不十分に基づく思いつきのレベルであり、試験課題の要求水準をほとんど充たしていないものも散見されました。さらに、論述というよりもエッセイとみるべきものもあり、レポートとしての形式・内容の両面において不適切なものがありました。

<評語Eを付けたレポート>
課題に関する必要な調査・検討を施した形跡がないほか、文章が論述の体裁になっておらず、その内容も整理されていない一貫性を欠くものでした。参照・引用資料の明示がなかったことは言うまでもありません。

何よりも問題なのは、(作成者のミスだと思いますが)レポートの1頁目が綴じられておらず、提出物としては未完成であったことです。これでは、試験課題として評価の対象にすらなりません。

Thursday, February 04, 2010

Notice: Final reports now under review.



本日、学部科目のレポート課題を受理しました。
週末までに査読を終えて、成績評語の分布と総評を掲載します。

Sunday, January 31, 2010

Result: Second-term Exam.


1月29日(金)に実施した学部定期試験について、その結果と解説を掲載します。ここに掲載するものは、試験形式で実施した科目のみであり、レポート形式による科目については後日(2月7日を予定)、講評を掲載することにしています。

-第1問の解説-
この問題は、売買契約の効力のうち、他人の権利の売買における善意の売主の解除権(562条)について問うものでした。第2問に比べてやや難易度が高いと感じた人が多いかもしれません。

まず、他人が所有権を有する物であっても、その権利を売買の目的(対象)にした売主は、当該権利を自分が取得して買主に移転する義務を負っています(560条)。事例に当てはめて考えた場合、別荘の所有権について、AはBとの間で移転登記手続を行っていなかったわけですから、AとCとの間で売買の目的となっているこの別荘は、いまだBの所有物になっているわけです。したがって、AはBから所有権の移転を受けた上で、この権利をCに移転する義務を負っているはずです。
この点に気付いた人は、比較的多かったように思います。

しかし、問題はここからです。
設問は、「AはCとの間で結んだ売買契約について、どのような対応をすることができるか?」とあります。つまり、売買契約における売主の対応を問われているので、売主の担保責任がどうかという話(561条)ではなく、売主の解除権(562条)の側から考えなければいけません。
 * かりに、「CはAとの間で結んだな売買契約について・・・」とあれば、
  561条の問題として検討することになります。この点の見極めが
  できずに、561条の問題として答案を構成した人が散見されました。

さて、562条に照らして考えてみると、別荘の所有権が自らに属していないことについて、売主であるAが善意であることは確かです。そして、「AはCに対して別荘を売却できないことが分かった」とあるように、AがBから所有権を取得して、その権利をCに移転することができないという事情も明らかになっています。

しかし、買主であるCが、自らが買い受けたはずの別荘の所有権がAに属していないことについて、その事情に善意であるか悪意であるかは明確になっていません。したがって、答案を構成する際には、Cが善意である場合と悪意である場合に分けて論じる必要があります。

結論としては、Cが善意である場合、AはCに対して損害を賠償すれば売買契約の解除が可能(562条1項)。Cが悪意である場合は、AはCに対して損害の賠償をせずに解除することができます(562条2項)。

なお、第1問の出題趣旨からは外れますが、AがBから別荘を購入した際に移転登記手続が行われていないということは、売主であるBは買主であるAに対して債務不履行の関係にあります。ということは、AがBから所有権を取得して、その権利をCに移転することができないという事情からして、AはBに対して3年前に3,500万円を支払ったにもかかわらず、結局、別荘を自分のものにすることができていないわけで、AはBに対して債務不履行に基づく解除権の行使と損害賠償を請求することができます(415条、541条、543条)。
 ※ この部分までの解答は要求していません。

-第2問の解説-
この問題は、不法行為のうち、土地工作物責任(717条)について問うものでした。これは、試験の1週間前に授業で扱った範囲でもあり、しっかり答案をかけた人が多かったです。

717条1項本文は、「土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う」と定めています。これを事例に当てはめて考えると、一般論としては、駐車場の外壁が崩れて通行人のCに重傷を負わせたことについて、占有者であるAがその損害を賠償すべきことになるはずです。

しかし、設問にあるように、Aは従来から駐車場外壁の危険性を認識しており、建築施工業者であるDに補修工事を行わせていました。これは、717条1項但書、つまり、「ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない」に該当するため、Cの損害を賠償すべき人物は所有者であるBになります。

さらに、Aから依頼されて補修工事を行ったDは、本件事故を予防するために十分な工事をしていなかったのであり、Dは717条3項にいう「損害の原因について他にその責任を負う者」に該当することになります。

結論としては、通行人であるCの損害を賠償すべき人物は、賃貸住宅及び付属駐車場の所有者であるBであり、BはCに対して損害を賠償したうえで、建築施工業者であるDに対して求償権を行使することができます。
 ※ 717条3項の適用について、「AまたはBが、Dに対して求償権を行使
  できる」と書いてある答案が何通かありましたが、717条1項但書に
  より、Cの損害を賠償すべき人物はBに確定しているため、求償権を
  行使できる人物もBのみになります。この点を間違えた答案につい
  ては若干の減点を行いました。

なお、第2問の出題趣旨からは外れますが、AがDに支払った150万円はどうなるのか?ということがあります。この問題は後期の授業で扱っていないため、試験における解答は要求していません。

-成績評語の分布-
S-A: 39.3%
B: 17.9%
C: 28.6%
D: 0%
E: 14.2%
* なお、欠席回数超過による失格処分者は母数に含まれない。

-総評-
前期は、評語S・A・Bを得た人が約45%で過半数に達しませんでしたが、後期は約57%と一気に増加しました。特に、A以上の評語を得た人が約4割ということで、(試験問題の難易度の違いも多少は影響したかもしれませんが)皆さんの理解がそれなりに進んだことの現れだと思います。実際、不合格者(評語E)の割合が大幅減になっており、全体として、この科目を履修した皆さんの理解水準が向上したといえるでしょう。

ただし、不合格者の人数をできる限り抑制したいと思っていたので、今回もなお1割以上の人が不合格になってしまったことは、単位取得を逃した本人は当然ですが、私としても非常に残念に思っています。特に、授業にいつも出席していたにもかかわらず、2問とも的外れなことを書いてしまった答案や、ほとんど何も書けなかった答案であったために、採点上、どうやっても救済できないことになってしまったのは残念です。

-おわりに-
私がこの科目を担当するのは今年限りですが、前期の授業・定期試験で感じた皆さんの2つの課題、すなわち、(1)論述能力の未熟さ、(2)授業への出席・参加度については、後期になっておおむね改善されたと思っています。

(1)については、すでに十分な論述能力を備えているとは決して思いません。読み進めていくと論理構造が前後していたり、結論を得るための十分な説明がなされていなかったり、問題設定がそもそも書かれていなかったり・・・という具合に、「1に始まって10に終わる」首尾一貫した文章になっていない答案が散見されました。

皆さんが大学を卒業し、何らかの仕事を得て働き始めると、事務書類の作成・処理、企画書の起案、レポートの作成・報告など、0と1だけが並ぶ演算処理のような発想では処理できない事柄に常に関わることになります。その際に、文書の内容はともかく、文書に並ぶ表現が不適切であったり、その論理構造が整理されていないということになると、まさに「お話にならない」という困った事態に陥ります。

「報告書のひとつさえも満足に書けない新入社員」という嘆きの声は、あらゆる業種・職種の現場からよく聞かれますが、大学の授業やゼミとは異なり、仕事の現場では、文書の書き方を手とり足とり・懇切丁寧に指導してくれるわけではありません。
後述のやるべきとされていること、やっておいたほうがよいとされていることに関わりますが、大学の定期試験やレポートを学習機会の1つと捉えて、「新人にしては文書をしっかりかけるヤツだな」と思われる程度には、自分の論述能力をトレーニングしておくとよいでしょう。

(2)はやはり、授業の出席回数も然ることながら、授業に対する集中姿勢や積極性が、定期試験の成績と有意な相関関係にあることが観察されます。

皆さんに理解して頂きたいことは、「良い成績をとってもらうために」という単純な考え方のみに基づいて、授業への継続的な出席と積極的な参加を呼びかけていたのではなく、同じ物事に取り組む(取り組まざるを得ない)場合でも、その主体の姿勢次第でパフォーマンスが大きく変わるということです。

このことは、大学の授業のみならず、今後の生活・活動や将来の仕事にも通じることで、「やりたいことよりも、やっておいたほうがよいとされていること」、「やっておいたほうがよいとされていることよりも、やるべきとされていること」という考え方を身につけて、後者のものであればあるほど、敢えて集中して積極的に取り組むようにしてください。
そうすれば、前者(やりたいこと)もさらに充実しますし、後者(やっておいたほうがよいこと、やるべきこと)で体得したものが実力になり、皆さんのチャレンジを力強く支えてくれるでしょう。


私の担当科目では、1・2年生が履修生の大半を占めていました。
大学生活は、3年生の夏までに「何にどのように取り組んだか」が大切。
仕事の現場に出れば、「やればできるはず」と手を挙げても、「では、本当にできるかどうか、これまでの実績を見せてよ」と言われてしまい、チャンスさえ満足に与えてもらえない厳しさがあります。

いろいろと分からないことや不安があるなかでも、「やればできるはず」という一念で行動すれば、どんな可能性も開拓できることが大学生の特権。妙な思い込みでも構わないので、「俺は/私はこれをやってみよう!」と感じることを具体的な行動にして、1つでも多くのことを自分の資産にしていってください。

皆さんがお酒を堂々と飲める年齢になり、生活や仕事が充実した頃にでも、私の大好きな鮨屋で宴会でもやりましょう。
1年間、ご苦労様でした。

Saturday, January 30, 2010

No title.


ここ数日は風邪気味。
喉に違和感を感じることと、体に若干の倦怠感がありますが、いつも通りタバコをくわえて仕事をできるくらいので、感冒薬を服用していればすぐに治ってしまうでしょう。
とにかく、巷では風邪が流行っています。皆さんも気をつけてください。

きのう実施した学部科目の定期試験については、今夜から採点作業を始めます。早ければ明日には完了し、成績分布と総評を掲載したいと思います。

Monday, January 25, 2010

Afterword.


法科大学院・学部とも、今週から後期定期試験。
当然のことながら、私も試験問題をバッチリ準備しました。
受講生の皆さんも、バッチリと答案をキメちゃってください。

次年度からは本務校に専念するため、兼任校の講義は22日が最終回。
「またいつかこの学校で教えてください」、「授業が楽しくて分かりやすかったです」等々の言葉やメモ書きを皆さんから頂いて、それなりに準備を整えて講義に臨んだ身としては、給与云々よりも素晴らしい報酬だと思います。1年間の受講、ありがとうございました。

さて、論文の入稿も済ませて、このところは次の原稿にまっしぐらです。
ここ数年の間に起きた出来事や、新たな情報をアップデートしなければならないので、まっしぐらと言っても指がキーボードの上で踊っているわけではなく、朝から晩まで資料を読み続ける毎日を送っています。まあ、この月末くらいには読込作業は完了するでしょう。

明日は寒さが少し緩むみたいですね。
読んで、読んで、読みまくる。
ふと気が付いたら、もう日が暮れているでしょう。

Monday, January 18, 2010

Fmr. Presidents joined together to help Haitian people.



ハイチ大地震の救援活動で、米大統領の前職と元職が共闘
アメリカ国内では、指定番号に電話するだけで$10の募金が可能。
その他の国・地域からでも、ネットを通じて救援金を送ることができます。

An unfortunate slipped tongue.



 (蓮舫参院議員)本人は元々日本人じゃない。・・・キャンペーンガール
 だった女性が帰化して日本の国会議員になって、事業仕分けでそんな
 ことを言っている。そんな政治でいいのか。

私も日本国民として一言申し上げるならば、センセーショナルな政治はもちろん駄目ですが、センセーショナルな政治家の発言はもっと駄目です。

ちなみに、蓮舫氏は二重国籍者になっていた時期がありますが、その後、国籍法の定めによって日本国籍のみを選択しているので、平沼氏が言うところの「帰化」を経験した事実はありません。
政治家は言葉が命。
よく勉強してから発言しましょう。

RE(2): Complete Destruction of Haiti.


-注意事項: WARNING-
この記事は、非常に視覚効果の強い画像を含むサイトにリンクします。
This post links to the other websites that contain extremely graphic photos.

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ハイチの大地震発生から5日が経ちました。

銀行のネット振込で、日本赤十字社に5,000円の救援金を送金。
飲食店で贅沢をする余裕があるならば、苦境に喘ぐハイチの国民や、彼らの救助活動に奔走する人々をサポートするべきです。酒のグラスを片手に、「大変だろうなぁ」などと他人事のように眺めるのは許されません。

ところで、地震発生後の現地の様子が続々と明らかになっていますが、日本のメディアや救援金の受付機関が公表する画像・映像は、毎度のことながら、<刺激の強い>ものを忌避した視覚に優しいイメージに限定されています。

たしかに、食事時にグロテスクな映像を流されると、食べ物が喉を通らなくなってしまい、血の気が引いてしまう人も少なくないと思うので、公表する画像・映像に一定のフィルターを掛けることは許されるといえます。しかし、そのような生々しい画像・映像を世間の耳目に入れないことは、いま起きている事態のリアリティを正確に伝えることになりません。

何よりも、自然災害が引き起こす被害・犠牲の事実描写に接することは、大地震のリスクが身近である日本国民にとって、具体的にどのような被害・犠牲を想定しておくべきなのかという心構えと、そのような被害・犠牲を予防するための行動を促すうえで、啓蒙・教育効果の絶大なるところは否定できないのです。

その意味において、TIME誌のウェブサイトが公表している写真は、それを見る者に圧倒的なリアリティをもって大地震の恐ろしさを訴えてきます。崩落した建物の瓦礫に埋もれる遺体路上の火災で燃え上がる遺体を横目に走り逃げる女性死体公示所への収容を待つ遺体の山路上から撤去するためにブルドーザーで運搬される遺体などなど。住居やビルの倒壊現場や、路上で泣け叫ぶ人々の姿ばかりを伝える日本のメディアでは、天災のリアリティを視聴者に深く理解させるに完全ではないと思うのです。

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きのうで阪神・淡路大震災から15周年。
NHKが特集番組の第2回放送を行い、震災の発生メカニズムを研究する人々の様子を伝えていました。なるほど、地震とその被害発生の背景にある原理を解明し、将来の災害予防に役立てようとする試みを紹介することは、15年前の出来事に関する理解を深めるだけでなく、地震大国である日本の国土とその潜在リスクに対する意識を高めます。

しかし、この番組の趣意がぶれたのは、木造家屋の倒壊で息子さんを亡くした女性にスポットを当てた部分です。彼女の住居を倒壊させた地震のメカニズムをCGで再現し、どのような被害を引き起こしたのか説明するところまでは良かったものの、彼女のその後の心の苦しみと、地震災害に対する啓蒙活動を紹介した映像は、この番組が視聴者に伝えようとするものの軸を曖昧にしてしまったと思います。つまり、地震のメカニズムに関する研究の進展を伝えたいのか、阪神・淡路大震災の被害者が現在も抱える精神的喪失感への理解を求めたいのかということです。

番組のタイトルをみるに、NHKが企画したのは前者だと思うのですが、番組の制作担当者はおそらく、地震のメカニズムという科学的内容を単調に放送するよりも、震災被害者を登場させて視聴者の情緒に訴える映像を挿入したほうが、人々の関心を惹くことができると考えて妥協したのでしょう。しかし、このような番組の作り方・伝え方こそが、地震災害に対する理解と意識啓発を不十分にしてしまうのです。

Friday, January 15, 2010

RE: Complete Destruction of Haiti.


朝日新聞によると、ハイチで大地震が起きる可能性は、地球物理学の専門家が1年半前に警告していたそうです。

思うに、「警告とは、無視されるためにある」といえるでしょう。
ただ、今回の件について言えば、専門家の警告が市民レベルでシリアスに受け止められてしまうと、それは地震以前に社会の混乱を引き起こしかねないので、警告が常に有用であるとは限りません。

そのうえ、警告の内容が天災の将来予測である場合、市民全員が(ハイチのような小国から)国外脱出するわけにはいきませんので、結局のところ、甚大な犠牲が生じることは不可避でさえあります。

誰でも天災で命を落としたくはありませんが、「どうしても避けられない未来」というものがあるのだと思います。

Thursday, January 14, 2010

Complete Destruction of Haiti.


首都の街路
(Photo: Lisandro Suero/AFP/Getty; Source: Time.com)

カリブ海の島国・ハイチで起きた大地震。
世界中のメディアが続々と情報を発信しており、被害概況が次第に明らかになりつつあります。

道路脇に並ぶ遺体
(Photo: Carlos Barria/Reuters; Source: Time.com)

ビルの崩落現場から搬出される遺体
(Photo: Erika Santelices/AFP/Getty; Source: Time.com)

現地政府による救助活動が困難を極めているほか、外国政府・民間団体による救援派遣の到着が遅れていて、崩落したビルや住宅の下に埋もれた市民の救出は、十分な機材が揃わない劣悪な条件下で、市民の努力によって進められているようです。

大統領宮殿も崩壊
(Photo: Eduardo Munoz/Reuters; Source: Time.com)

ハイチの首相が米メディアに語ったところによれば、予想される死者は10万人以上。
ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の報道では、国連平和維持活動の現地駐在スタッフも多くが久いており、現地責任者の死亡もほぼ確実視されているとのこと。13日現在で、150人以上が行方不明、100人以上が瓦礫の下敷きになっているそうです。

(Video: Wall Street Journal)

Tuesday, January 12, 2010

A sorrow in a winter night.


この社会に様々な無銭飲食はあれど、これは圧巻。
しかし、どこか哀しい事件ですね。

「派遣切り」に遭遇した辛い境遇とはいえ、「酒が飲みたかった」という理由で、実質的に一文無しの状態で店に飛び込む人はいないはず。
ご本人の心が荒みきっていたのでしょう。

8時間の「現実逃避」が高くつきました。

Monday, January 11, 2010

Just completed.


3月刊行の論文を脱稿しました。
きのう、「2009年度はまだ3カ月・・・2本の論文を公刊予定」と書きましたが、そのうちの1本がこれに当たります。

論文の総字数は約64,500。
日曜に半日をかけて原稿を自己検証したのですが、自分で書いた文章にもかかわらず、A4版で40頁ほどの論文ということで、さすがに少し読み疲れてしまいました(笑)。
でも、今回取り扱ったテーマと、それに必要な素材の質・量を考慮すれば、このくらいの紙幅を割くことは当然ですので(むしろ、もっと文字を盛り込みたいのが本音)、公刊後に見落としたミスがないよう、タバコとコーヒーを口に運びながら、神経を尖らせて一字一句まで点検しました。
100点満点とまでは言えないかもしれませんが、80点のA評価を付けて良いのではないかと思います。

「2本の論文」の残り1本は、2005~06年にかけて書き起こした原稿に、あらためて息を吹き込みなおす作業です。2月末までに脱稿する予定で、3年間ほどのブランクに生じた出来事などをアップデートして、45,000字をめどに書き上げるつもりです。
幸いにして、原稿執筆に必要な資料の大半を収集済みなので、今月中にそれなりの姿に整うでしょう。

正月モードにはすっかりおさらばしましたが、明日は連休最終日。
時間を贅沢に使って、丁寧に文字を書き入れていくことにします。

Saturday, January 09, 2010

First work I should get to in the new year.



遅れ馳せながら、明けましておめでとうございます。
新年を迎えて早くも1週間、街も普段どおりの姿になってきました。

大学の仕事始めは1月7日で、年末年始休暇はちょうど2週間。
大晦日から実家に5泊して、乗馬に温泉、夜は鍋料理。
新たな年を体調万全で迎えた次第です。

昨年は、リーマン・ショック後の経済危機が本格化。
2010年も景気の二番底を懸念する声が多く、
民主党政権の無策ぶりも露呈してきました。

日本の政治経済が上昇気流をつかむことは望み薄。
日本国民も、外部環境の変化を待っていてはいけません。
エレベーターの上に明るい世界を見ているだけでは、
その世界に登っていくことはできないのです。

自分の足で、階段を一歩ずつ上ることが大切です。
「他力本願」の思考様式を捨てましょう。
現実は「来る」ものではなく「創る」ものです。

年の初めですが、2009年度はまだ3カ月を残しています。
私の仕事は、研究部門では2本の論文を公刊予定。
教育部門では、定期試験の実施・採点と、
新司法試験受験予定者に対する指導を詰めていきます。

ま、そういうわけで、
私は昨年から変わらず、1つひとつ丁寧に進めていきます。
今年もどうぞよろしく。

Friday, December 25, 2009

The off-season just came into my hectic days.


先月からずっと更新をさぼっていましたが、22日に今年の学務が事実上終わり、約2週間の年末年始休業に入りました。

「休業」とは言うものの、「大学に出掛けて仕事をすることがない」だけのことで、実際には、大晦日から正月三が日にかけての4日間を除けば、自宅や実家、旅先などで仕事に勤しんで過ごすことになります。
学者という生き方にとって、休日は本質的に必要ないのです。
研究・教育に疲れたり嫌気を感じるくらいならば、初めからその道を選択すべきではない。ただ、それだけのことですね。
「時間があれば何かしたくなる」という慢性中毒症を患うくらいが健全です。

もちろん、ごく普通の社会生活を営む生身の人間でもあるので、豊かな社会的関係を育むために必要なことを怠ってはいけませんね。
そういうわけで、きょうは年賀状作りに励んでいます。
そろそろポストに投函しないと、元日に届かなくなってしまいますからね。
皆さんはもう年賀状を出しましたか?

Thursday, November 19, 2009

RE: Bottleneck


民主党TV 「小沢一郎の宗教講座」(WMV)。
映像の11分20秒頃から。
いろいろ語ってるけれども、横柄な態度はやっぱり変わらない。

「僕も君も、死にゃぁ仏になれんだっ!」
この人、大丈夫か?

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鳩山首相が、自らの資産報告漏れ問題について、「恵まれた家庭に育ったものだから・・・」などと釈明した件。

 「何言ったって平気という感じだ。麻生太郎前首相が言ったら
 (政治的に)即死だ。だけどセーフ。鳩山氏は支持率が高いから
 うらやましい」

ヤマダくーん、アベちゃんに座布団一枚やって!


* This post was published at the timezone UTC/GMT -5 hours.

Wednesday, November 18, 2009

No title.


報道の自由(表現の自由)だと言えば、それまでかも知れないけれども、こういう写真を記事に載せるのは下品ですな。

Sunday, November 15, 2009

Gregory Craig Resigns as White House Counsel


昨日付の日経新聞朝刊によれば、米大統領法律顧問のGregory B. Craig氏が辞任するそうだ。

大統領宛の辞表(PDF)によれば、辞任は来年1月3日付。
辞任理由について、日経新聞は、「キューバのグアンタナモ米海軍基地のテロリスト収容所を公約した期限内に閉鎖できなくなり、責任をとったとの見方が有力」と伝えているが、この説明はやや短絡に過ぎるだろう。

というのも、大統領法律顧問の職務は、連邦議会が可決した法案の承認・拒否に関する事項や、大統領が抱える政策課題について、法的観点から助言を与えることである。したがって、テロリスト収容所の閉鎖の是非について、法律顧問が最終判断することは許されておらず、期限内の閉鎖という公約実現が不可能になったという理由だけでは、辞任に追い込まれるはずがない。

むしろ、現実に起きた問題としては、テロリスト収容所の閉鎖に関する法的評価と助言にとどまらず、大統領に対して具体的な政策提言をするなど、法律顧問が越権行為と評価しうる仕事に手を出しており、その提言内容に基づく政策の実行が不調に終わったために、詰め腹を切らされたということだろう。

後任は、Robert (Bob) Bauer氏。
大手法律事務所Partner, Perkins Coie LLPのパートナー弁護士で、ハーバード大学を優等で卒業後、バージニア大学ロースクールを修了。バラク・オバマ大統領の選対本部顧問弁護士を務めており、民主党全国委員会の法律顧問でもある人物だ。

Saturday, November 14, 2009

An idol's idle behavior.


行動の順序として納得しがたい。

覚せい剤取締法違反で有罪判決を受けた酒井法子・元被告。
本人の背景心理として、「私は絶対に執行猶予判決になるから、刑務所に行くことはない。さっさと次のステップに進もう」というしたたかさがあるはずだ。

彼女の入学予定先は、創造学園大学(群馬県高崎市)。
ソーシャルワーク学部に所属し、授業の大半は通信型の遠隔授業システム(いわゆる「e-learning)で単位を取得する予定だとか。

私は群馬県出身だが、創造学園大学の存在はまったく知らなかった。
少し調べてみると、高崎芸術短期大学と高崎福祉専門学校の統合によって、5年前に設立された大学で、大学の立地は高崎高校に隣接。私の母校・前橋高校とともに、大学進学実績で県内トップを争う名門男子校だ。近年の設立で大学名を知らないのは当然、高崎高校の生徒はこの大学には一瞥もしないだろう。

ただ、彼らが可哀想なのは、産経新聞11月14日電子版によれば、酒井元被告は普段、遠隔授業システムを利用して東京の自宅で授業を受けるが、本人の希望に沿う形で、毎月1回は大学本部で実習授業を受けるという。高崎市内にマスコミ連中が押し寄せて、高校周辺も騒々しくなるだろう。


介護・福祉系の大学としては後発組で、大幅な定員割れ、日本私立学校振興・共済事業団からの補助金交付の取消処分、大学キャンパスの仮差押処分など、その運営状況は何やら怪しい。酒井元被告の在学中に募集停止・廃校という事態もありうるのではないか。もっとも、このくらい怪しい大学でなければ、公判中の被告に入学試験の受験資格を認めて、入学を許可するようなこともできまい。

ところで、朝日新聞の記事には誤報がある。
創造学園大学の入試情報によれば、酒井元被告が受験したのは「自己推薦入試」ではなく、「AO方式入試」が正しいはずだ。自己推薦入試の合格発表は11月14日、公判の判決期日までに合格して入学手続を済ませることができないのだ。
AO方式と自己推薦は違う。
そのくらいのことは、メディアもしっかり理解して伝えるべきだ。

Friday, November 13, 2009

0.60%


今年度の旧司法試験の最終結果が公表された。

合格率(対受験者)は0.60%。
この数字は予想範囲内であるが、合格者の年齢別構成に注目。

   ・ 24歳以下は30名(32.6%)で、前年度比プラス10.4pt
   ・ 大学生は25名(27.2%)で、前年度比プラス7.1pt

法科大学院設立と新司法試験の導入以降、旧司法試験という制度は本来、何らかの事情で法科大学院に進学・入学が困難・不可能な者に対する経過措置として機能するはずだった。

ただし、日本学生支援機構による奨学金貸与制度のほか、法科大学院各校が独自に奨学金制度を設けていることもあり、経済的事情による就学困難という問題への対応よりも、長年にわたって旧司法試験に挑み続けて不合格が続き、20歳代後半から30歳以上で就労経験がない者(≒経済的・時間的余裕がない者)について、経過措置の実施期間中に、「今後3年程度で最終合格を果たしてもらいたい」という法政策的配慮が色濃いものであった。

しかし、ここ数年の実績を見てみると、経過措置期間を通じて受験者数は減少した一方、合格者の若年化が進行しているようであり、「24歳以下が合格者の1/3、大学生が全体の1/4以上」という実態からみて、新旧併行実施の法政策的配慮はほとんど効果を挙げていないようだ。

むしろ、現在の新司法試験合格率の水準から考えれば、法科大学院に進学・入学し、新司法試験合格から司法修習に至るまでに、平均で4~5年を要するかもしれないキャリア・シナリオを嫌って、大学在学中または卒業後間もない時期に旧司法試験に挑戦する者を、相当数生じさせる結果になっているようだ。

ただし、このような実態は問題視すべき事柄ではない。
来年度の旧司法試験は、合格者数がさらに減少するとともに、短答式・論文式試験が行われる最後の機会であり、旧司法試験という制度は事実上終了する。したがって、ほとんど”死に体”と化した制度を論ずることには、それほどの意義がない。

むしろ、今後の展望として留意すべきことは、法曹を真剣に目指す者であれば、法科大学院への入学か、司法試験予備試験(2011年開始予定)を検討すべきであり、どちらを選択すべきか迷うのであれば、現時点では前者を選択するほうが望ましいということだ。このことは特に、法曹を職業選択の1つとして考えている大学生に対して強調したい。

新司法試験合格率の低下傾向が続き、間もなく底を打って停滞することが予想されるなかで、法科大学院各校で定員削減の動きがあるなど、法曹を志す者には「向かい風」となる材料は多い。また、法曹という人材に対する社会の需要開拓が順調に進まず、そもそも、当初期待されたほどの需要が実在または潜在するか否かも明らかではない状況下で、「2010年頃には合格者3,000人」という目標は風前の灯である。したがって、「大金と時間をかけて法科大学院に通い、新司法試験に落ちたら元も子もない。大学在学中または卒業後すぐに予備試験を通過して、新司法試験に合格したほうがよい」と考える心理は理解できる。

しかし、法科大学院ではなく、司法試験予備試験を第一義に考える者は、新司法試験の合格率云々を論じる以前に、「予備試験に多数の合格者数が設定されるはずはない」ということを認識すべきだろう。なぜならば、予備試験という制度の詳細は未確定ではあるが、旧試験を廃止して新試験に舵をきった司法試験制度が、法科大学院の定員削減に大鉈を振るってまで予備試験を優先することは、法務省・文科省の論理として成立しないからである。このことは、今年4月22日に開催された第55回司法試験委員会会議の資料5「規制改革推進のための3か年計画(再改訂)-平成21年3月31日閣議決定」(PDF)からも読み取ることができる。

 司法試験の本試験は、法科大学院修了者であるか予備試験合格者で
 あるかを問わず、同一の基準により合否を判定する。

 また、(A)本試験において公平な競争となるようにするため、予備試験
 合格者数について、事後的には、資格試験としての予備試験のある
 べき運用にも配意しながら、予備試験合格者に占める本試験合格者
 の割合と法科大学院修了者に占める本試験合格者の割合とを均衡
 させるとともに、(B)予備試験合格者数が絞られることで実質的に
 予備試験受験者が法科大学院を修了する者と比べて、本試験受験の
 機会において不利に扱われることのないようにする等の総合的考慮
 を行う。

前段は、新司法試験の合否判定について、受験者の属性を問わず同一基準で行うことを示しており、きわめて当然の言及である。

問題は後段である。(便宜上、AとBに記述を区分した)
一読すると、予備試験合格者数をそれなりに確保し、新司法試験の合否判定も法科大学院修了者との関係に配慮するという印象を受けるが、論理的思考で冷静に読み直してみれば、そのようなことはありえないことが分かる。

たとえば、A部分は、新司法試験の合否を判定する際に、法科大学院修了者の合格率と、予備試験通過者の合格率を均衡させる(ほぼ同水準にする)ことを目標としている。しかし、法科大学院修了者のグループと予備試験通過者のグループとの間で、新司法試験の得点分布や平均水準にバラツキがある場合、両者の合格率を均衡させようとすることは、いずれかのグループでは比較的低い得点でも新司法試験に合格するということであり、資格試験としても競争試験としても妥当性を欠くことになる。

特に、資格試験としての性格を強調するのであれば、合格率の均衡調整を行うことは許されず、一定の点数を得た受験者を全員合格させるべきであり、法科大学院修了者のグループと予備試験通過者のグループとの間で、合格率の数値に差異が生じることは当然に許容されなければならない。
したがって、A部分は現実には成立しない。

また、B部分は、予備試験の合格者数をそれなりに確保することで、新司法試験の受験機会を付与すべきであるという考え方を示すが、これは、予備試験通過者を過度に絞り込まぬよう配慮するという消極的目標であり、「相当数の合格者を確保すべき」という積極的目標の設定ではない。法科大学院の設置と新司法試験制度の導入経緯、とりわけ、旧司法試験の合格者数を急速に削減してきたという経緯から見ても、至極当然の話であり、「相当数の合格者を確保すべき」試験になるならば、司法試験制度が先祖帰りすることになってしまう。

このことは、今年3月30日に開催された第54回司法試験委員会会議の資料4「予備試験の実施方針について(案)」(PDF)が、予備試験は「法科大学院を中核とする新たな法曹養成制度の理念を損ねることのないようにする必要」があり、「法科大学院に行くことができない人にも法曹資格を取得する途を確保するために設けられた」と述べることからも明らかである。すなわち、先の閣議決定も司法試験委員会の議論も、予備試験をあくまで例外的手段として捉える一方、「資格試験としての予備試験」という位置づけの都合上、予備試験の合否判定を過度の競争的選抜では行わないと宣言しているに過ぎない。

したがって、A+Bで考えれば、予備試験合格者数を一定程度は確保するが、新司法試験の合否判定は受験者の属性を問わず同一の基準で行うため、法科大学院修了者のグループと予備試験通過者のグループとの間で最終合格率や最終合格者数に差異が生じることは、(法科大学院進学者は当然のこと)予備試験の受験を検討する者の間においても、予め理解されなければならないということになる。

また何よりも、資格試験という位置づけであるとはいえ、法曹人口の急拡大に警戒論が根強く、今後、毎年3,000人というペースで増員することが非現実的なシナリオであることを考慮すれば、新司法試験の合格者数が2,000~2,300名前後に抑制されることは予見可能であり、法科大学院修了者がその過半を占めるものとされれば、予備試験に過度の期待をもつことは禁物であろう。

現役の大学生であれば、在学中に1度くらいは予備試験にチャレンジしてもいいと思う。ただし、「私は絶対に法曹になるんだ!」と言って聞かない頑固な精神の持ち主は、4年次に不合格となった場合は潔く方向転換し、法科大学院に進んだほうがよい。このタイプの方は、自分のやり方を一度決めつけてしまうとそれに執着してしまい、望む結果を得られないまま時間を空費してしまうことが多い。法曹を目指すほどに賢い(はずの)人間であれば、「法科大学院にカネと時間を使うくらいならば、私は絶対に予備試験で合格するぞ」などと拘っているうちに何年も経って、人生設計が大きく狂うという顛末だけは事前に回避できるだろう。